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【プレミアム記事】《胃がん》胃を切ったあとの栄養素の吸収障害について①
2020.07.10
今回は胃を切ったあとの栄養素の吸収障害について、シリーズ前後編に分けて解説します。
前編:胃の働きや手術ごとの特徴、注意が必要なポイント
後編:胃の切除により低下する機能と栄養素の吸収障害、それぞれの場合のおすすめ料理・気を付けたい料理
■はじめに
胃を切除するということは、胃の機能を失うことでもあります。胃の切り方は、胃がんのできた場所や病気の大きさ、深さ、どれくらい広がっているかなどによって決まり、胃を切除したことによる後遺症(下痢や便秘、貧血、ダンピング症状など)を「胃切除後症候群」と呼びます。これは、胃が小さくなることや迷走神経の切除、内分泌機能の低下による消化管の問題などさまざまな原因が考えられており、胃のどの部分を切除したか、どのくらいの範囲を切除したかという手術の方法も影響しているといわれています。
手術した直後は、いろいろな症状が出て思うように食事が食べられない方も多いのではないでしょうか。手術後の体調の変化には個人差がありますが、多くの場合は手術してから3ヶ月から1年くらい経つと、だんだんと食べられる量も増えて、消化機能も改善していきます。
術後だからといって食べてはいけない物は、基本的にはありません。口が胃袋の代わりだと思ってゆっくりよく噛んで食べ、おなかの負担を軽減するように心がけることが大切です。特に術後3ヶ月程度はおなかのリハビリテーション期間としてとらえ、食事の食べ方を練習する大切な時期です。胃切除後症候群は、おなかに負担をかけない食べ方のコツを習得することで上手に乗り越えられることが多いので、おすすめ料理を参考に工夫するようにしましょう。
■胃はどのような働きをしているの?
1.胃の構造
胃は、成人で約1.5リットルの容積を持つと言われる袋状の消化管です。食道と十二指腸の間にある臓器で、胃の入口を噴門(ふんもん)、出口を幽門(ゆうもん)といいます。
2.胃の役割
①胃の主な働き
・食物を胃液と混ぜる
・十二指腸での消化具合に合わせて食物を一時的にためておく
・食物を十二指腸に送り出す
・食物を殺菌する
・逆流防止の働き
・消化と吸収の働き
②食物の貯蔵と攪拌
胃の主な役割は、食物を一時的にためておき、少しずつ十二指腸に送り出すことです。胃は、身体の中のいわゆる消化工場の働きをしており、食物が入ってくると胃の蠕動運動(ぜんどううんどう)が活発になります。正常な胃では、食べたものを胃液や消化液とよくかき混ぜて細かく砕いて粥状にし、2~3時間かけてゆっくりと十二指腸へ送ります。食物と一緒に入ってきた細菌などは、強い酸により殺菌されます。また、胃の入口である噴門によって、胃の中に運ばれた食物や胃液が食道へ逆流するのを防いでいます。
③食物の消化・吸収
胃は食べた物の消化や吸収のために、次のものを分泌したり産生したりしています。
・たんぱく質や脂質の分解に関わるペプシノーゲンやリパーゼなどの消化酵素
・ムチンと呼ばれる胃を保護し消化をスムーズにする粘液
・胃酸や消化管ホルモン(ガストリン、ソマトスタチン、グレリンなど)
・小腸でビタミンB12が吸収されるために必要な「内因子」という特殊な物質の産生
では、胃の主な手術にはどのようなものがあるでしょうか。
■手術の特徴と注意するポイント
①幽門側胃切除術
幽門を含む胃の2/3〜3/4程度を切除し、噴門は温存されます。食べた物をためる働きの一部は残りますが、胃の出口である幽門が切除されるので、食べたものが急速に腸へ流れ、ダンピング症状が起こりやすくなります。また、一回に少しの量しか入りにくくなるので、食事の回数を1日に5〜6回程度に増やして、不足しがちな栄養の補給を心がけるとよいでしょう。消化の良いものを食べ、食物繊維の多い野菜やアルコール、炭酸飲料などは控えめにしましょう。栄養素の吸収障害による、貧血、骨粗鬆症、下痢や体重減少も起こりやすくなるといわれており注意が必要です。
②幽門保存胃切除術
胃の2/3程度を切除し、噴門と幽門は残ります。胃の機能はあまり衰えることなく食べた物も胃に長くたまり、ダンピング症状などは起こりにくいといわれています。
③噴門側胃切除術
噴門を含む胃を1/4〜1/2程度切除します。噴門が切除されるので、食べた物や胃酸などの消化液が食道に逆流しやすくなりますが、幽門は残るのでダンピング症状は起こりにくいといわれています。
④胃全摘術
胃を全て切除します。胃の働きがすべて失われるので、食べた物がそのまま腸に流れていきます。また、胃全摘では壁細胞から内因子が分泌されないため、ビタミンB12が吸収されなくなることから、手術後3年~5年してから巨赤芽球性貧血が起こるといわれています。ビタミンB12の注射による補充が必要となるので、医師の指示を受けましょう。
また、噴門が切除されることにより逆流性食道炎の発生頻度が高くなるようです。高齢の方は、誤嚥性肺炎にも注意しましょう。
次回は、胃の切除により低下する機能と栄養素の吸収障害について具体的な解説と、それぞれの場合のおすすめ料理や気をつけたい料理についてご紹介します!
【参考文献】
・「治る力」を引き出す 実践!臨床栄養(2014年 医学書院)
・からだのしくみ事典(2002年 成美堂出版)
・「消化器の手術&臓器のはたらき」(消化器外科ナーシング2016年)
・胃を切った方の快適な食事と生活のために(「胃癌術後評価を考える」ワーキンググループ PGS対応システム機築プロジェクト 胃外科・術後障害研究会)
・国立がん研究センター がん情報サービスHP