- メディカルオンコロジー
第 1 回 がん治療を助ける「栄養」の基礎知識
2019.12.25
がん治療が必要となったとき、告知のショックや手術・抗がん剤治療の影響で、食欲低下や体重減少が起こってしまうことがあります。しかし、“栄養”と“病状の回復”は、実はとても密接に結びついています。より良い治療を行うためにも、患者さんとそのご家族にぜひ知っていただきたい「栄養の知識」について、北里大学医学部 上部消化管外科学 主任教授の比企直樹先生にお話しをうかがいました。
病状の回復の見通しには栄養状態も重要
―がんの治療前や治療中に、体重減少に悩む患者さんは少なくありませんが、体重管理で注意するポイントを教えてください。
「がん治療において、体重の減少量が少ない人は治療成績が良いため、治療中に痩せないことは確かに重要です。しかし、太っているのがいいかというと、そういう訳でもありません。肥満の患者さんの場合、手術で厚い脂肪の中を切り進むことは他の臓器や血管を傷つける危険があり、且つ高齢で患者さんの体力が低下していると、合併症のリスクも高まります。特に男性は腹腔内脂肪が多い傾向があるため、手術の大敵になることも。胃がんや心疾患の研究では、『太った人は回復の見通しがいい』というデータがありますが、こちらも、ただ太っているのがいいわけではなく、『体に必要な栄養が足りている』ということが大切なのです。
一般的に、肥満度は身長と体重をもとに算出する BMI 値で表しますが、その数値だけでは何が体を守り、何が体にとって良くないのかがわかりません。そのため、私たち医療従事者は、がんで死亡する危険因子として、栄養状態を表す*血清アルブミン値(Alb)と、体内の炎症反応を表す*血清 C 反応性蛋白値(CRP)を組み合わせた数値を点数化して用いています。『Alb 値が低く、CRP 値が高い状態』が、最もがんで死亡する率が高いことからも、がんになっても生きていくうえで、いかに栄養が重要であるかということがわかります。」
*血清アルブミン値(Alb):アルブミンが血液中のたんぱくで最も多い量を占めており、栄養・代謝物質の運搬、浸透圧の維持などの働きを行う。正常値は4.0g/dl以上で、3.5g/dl以下を低栄養と呼ぶ。
*血清 C 反応性蛋白値(CRP):血液中にある肝臓で産生されるたんぱくで、炎症や体の組織に障害が起こったり、免疫反応が起きたりしたときに増加する。炎症の有無や経過を調べることができる。正常値は0.3mg/dl以下。
治療中はたんぱく質を摂取し筋肉量をキープ
―では、がんと闘うにはどんな栄養が必要なのでしょうか。患者さんが積極的にとるべき栄養素と、その理由も気になるところです。
「それはずばり、筋肉の材料となる良質なたんぱく質です。脂肪をいくら増やしても治療に良い影響はありません。がんと闘う力をつけて治療成果を上げるには、肉、魚、卵などに含まれるたんぱく質を積極的に摂り、筋肉量を減らさないことが重要です。
みなさんは『サルコペニア』をご存じですか。サルコペニアとは、筋肉量が減少することによって起こる筋力低下に加え、歩くスピードが遅くなるなど運動能力が衰えている状態を示します。サルコペニアには、加齢によって起こる一次性と、寝たきりなどの運動不足によって起こる二次性があります。入院中も寝たきりにならず、栄養バランスの整った食事と適度な運動によって二次性サルコペニアを予防しましょう。筋肉量の減少を防ぐことは、がん治療における補助的療法になります。」
比企先生、ありがとうございました。
次回は、手術および化学療法の治療成果と筋肉量の関係について、さらに詳しくお届けします!
【プロフィール】比企直樹先生
1990年北里大学医学部卒業後、同年東京大学附属病院分院第3外科教室へ。臨床研究フェローとしてドイツ・ウルム大学へ渡航。1999年東京大学大学院医学研究科(外科学専攻)終了。2001年より東京大学医学部附属病院胃食道外科助手。2005年財団法人癌研究会有明病院・消化器外科医員。2011年徳島大学消化器外科臨床教授。2012年財団法人癌研究会有明病院・栄養部部長。2014年東京女子医大消化器センター外科客員教授。2015年財団法人癌研究会有明病院・消化器外科胃外科部長。2016年財団法人癌研究会有明病院・機器開発センター長兼任。2019年北里大学上部消化管外科主任教授。現在に至る。
日本外科代謝栄養学理事。日本静脈経腸栄養学会監事。British Journal of Surgery編集員。
取材・執筆/北林あい 撮影/木口マリ
取材協力 キャンサーネットジャパン
https://www.cancernet.jp/